2015年7月から2年間、フィリピンのパナイ島アクラン州に派遣されている海外青年協力隊(アラサー女子)のブログ。新規コミュニティ開発隊員として、地域に根差した活動を模索中。現地のでの生活や活動について報告していきます♪
Saturday, August 20, 2016
バランガイ訪問
ボランティアの主な活動、それはバランガイ訪問による障害者へのインタビューと生活実態調査。
ボランティアの要請は障害者データのプロファイリング(データ収集と分析)だった。
それにもとづいて、8月現在まで相当数のバランガイへ赴き、障害者へのインタビューを行ってきた。
そもそも社会開発事務所で障害者に関するデータを管理をしているが、そのデータの正確性については、なんとも言えない。
データ収集したのが2012年。それから変わりがないわけがない。
だから私は上司にバランガイに赴いて、一軒一軒障害者のインタビューをしたい、それを活動のメインにしたいと申し出た。
バランガイにボランティアが赴けば、そのバランガイの様子もわかる。
最初は難色を示していたボスも、オフィスにくる障害者と保存してあるデータの不一致、各バランガイキャプティンからのいろいろな申し出などから、その必要性をなんとくなく理解し始めたようである。
フィリピンという国は日本に比べ、データ集計など細かいところは苦手な気がする。
国民の算数能力なども日本に比べ低い・・・
バランガイに出て感じたこと…
想像以上にタガログ語も英語も通じない。アクラノ語オンリー。
そして、排除されている障害者の発見。
ボランティアに対する寄付品への期待度の高さ…
確かに物で釣っている感は同僚の説明にも垣間見られる。
台風ヨランダ(別名;ハイアン、2013年11月に次上陸)の被災地でもあるから、多くのNGOや外国政府の援助が入っているのも事実。
ほとんどの家は台風で家が全壊、もしくは半壊。だから、屋根だけ、トタンという家にもたくさんであった。
そして台風により身体的精神的にダメージを被った人達は、障害者となったりもしている。
障害者やその家族のニーズも様々である。
訪問すればするほど、いろいろな問題が出てくる。
ボランティア一人では太刀打ちできない問題ばかり…
うーむ、どうしようか・・・・
Saturday, August 13, 2016
任地でようやく見つけたヨガクラス
任地はフィリピンの田舎町。
バンガにはもちん、州都カリボにもヨガクラスはないものだと思っていた。
日本にいたときはヨガスタジオに通って定期的にヨガをしていた。
それがフィリピンに来てからは、自宅で、YouTubeをみながら、やるという環境…
スタジオでやる参加者との一体感や、インストラクターのガイドを生で聞けないのは非常に残念だった。
おまけにこの田舎には、ヨガをやる人もいないし、ヨガマットも売っていない。
暑い気候のせいか、外を走る人はほとんどいない。
もっぱら、生徒たちがダンスの練習をしたり、少年たちがバスケをしているくらいだ。
大人になると運動はしなくなるみたいだ。
田舎にいると確実に筋力、体力が落ち、ぜい肉になる…
食生活もそう。
野菜を食べないフィリピン人。白いご飯と肉を好んで食べる。
そして甘い食べ物、飲み物。
1年のフィリピンの生活で、自分なりに気を付けていても、確実に体に変化は現れていた。
それが前回書いた、腰痛発症。
ドクターにもヨガをやりたいと伝えたら、同じクリニックのドクターがヨガのインストラクターをしていると教えてもらった。
そして腰痛がほぼ完治して、予定が空いた日。
「初ヨガ IN フィリピン」を体験してきた。
場所はクリニックの最上階のホール。吹き抜けになっているところだが、クーラーなどない。
フロアーにマットを敷いて、インストラクターを囲んでヨガをする。
私以外はフィリピン人。
驚いたのは、フィリピン人の参加者達は、水を飲まずにヨガを続けていた。
私だけがウォーターボトルをマットのそばに置いてヨガをしていた。
暑いせいもあって、ペースが速い。
そして、意外に運動量の多いポーズが多い。
英語でのガイドだから、ついていくのには問題はなかった。
でも久しぶりのクラス。
所々、遅れをとったり、できなかったり…
でも体を思いっきり伸ばして気持ちよかった。
腰痛の原因は姿勢や生活スタイルにもある。
1年でだいぶ衰えた体に、また再びカツを入れよう。
そして、やっぱりヨガは気持ちがいい。
元々体が硬いし、今も股関節や足首の関節は硬い。
でも続けることによって柔らかくなった関節や筋肉もある。
やっぱり、いくつになっても運動は大切。。。
熱帯フィリピンでは限られてくるけど、とりあえず、できるところまでやろうと思った。
バンガにはもちん、州都カリボにもヨガクラスはないものだと思っていた。
日本にいたときはヨガスタジオに通って定期的にヨガをしていた。
それがフィリピンに来てからは、自宅で、YouTubeをみながら、やるという環境…
スタジオでやる参加者との一体感や、インストラクターのガイドを生で聞けないのは非常に残念だった。
おまけにこの田舎には、ヨガをやる人もいないし、ヨガマットも売っていない。
暑い気候のせいか、外を走る人はほとんどいない。
もっぱら、生徒たちがダンスの練習をしたり、少年たちがバスケをしているくらいだ。
大人になると運動はしなくなるみたいだ。
田舎にいると確実に筋力、体力が落ち、ぜい肉になる…
食生活もそう。
野菜を食べないフィリピン人。白いご飯と肉を好んで食べる。
そして甘い食べ物、飲み物。
1年のフィリピンの生活で、自分なりに気を付けていても、確実に体に変化は現れていた。
それが前回書いた、腰痛発症。
ドクターにもヨガをやりたいと伝えたら、同じクリニックのドクターがヨガのインストラクターをしていると教えてもらった。
そして腰痛がほぼ完治して、予定が空いた日。
「初ヨガ IN フィリピン」を体験してきた。
場所はクリニックの最上階のホール。吹き抜けになっているところだが、クーラーなどない。
フロアーにマットを敷いて、インストラクターを囲んでヨガをする。
私以外はフィリピン人。
驚いたのは、フィリピン人の参加者達は、水を飲まずにヨガを続けていた。
私だけがウォーターボトルをマットのそばに置いてヨガをしていた。
暑いせいもあって、ペースが速い。
そして、意外に運動量の多いポーズが多い。
英語でのガイドだから、ついていくのには問題はなかった。
でも久しぶりのクラス。
所々、遅れをとったり、できなかったり…
でも体を思いっきり伸ばして気持ちよかった。
腰痛の原因は姿勢や生活スタイルにもある。
1年でだいぶ衰えた体に、また再びカツを入れよう。
そして、やっぱりヨガは気持ちがいい。
元々体が硬いし、今も股関節や足首の関節は硬い。
でも続けることによって柔らかくなった関節や筋肉もある。
やっぱり、いくつになっても運動は大切。。。
熱帯フィリピンでは限られてくるけど、とりあえず、できるところまでやろうと思った。
クラスの終わりはみんなで記念写真。
フィリピンらしい(^^♪
Saturday, August 6, 2016
フィリピン初病院受診~腰痛との闘い~
日本からフィリピンに戻ってきて1週間後、とりあえず、また任地に慣れようとしていたところ、
ある日、腰に痛みを感じるようになった。多少の痛みは筋肉痛の可能性もあるので、あまり重要視していなかったのだが、今回は痛みが違った。
打ち合わせで椅子に座っていると、辛くなってくる。長時間座っていられない。
お尻の奥の筋肉か骨か、腰椎か神経かわかんないけど、痛むようになってきた。
ストレッチで治るだろうとたかをくくっていましたが、2週間経ってもよくならず、職場にいくと、CPからお金をせびられる(※)という嫌悪感からかストレスが最大限となり、ついに健康管理員に相談した。
※CPはドラ息子が交通事故に遭い、入院中。入院費用や薬代を親族や同僚から調達していたようだ。ボランティアである私もターゲットとなり、合計3回位、頼まれたがすべて断った。
健康管理員と電話で話し、症状から任地の病院を受診するようにとの指示を受ける。
初フィリピンの病院受診。
症状からは腰椎捻挫と言われたが、納得できず、レントゲン撮りたいと伝え、撮った。
レントゲンも日本の病院みたいに丁寧ではなく、スタッフがおしゃべりやメリエンダを食べているところで一人、診察台に乗せられて、撮影するというありさま。
…ありえん…
ちなみに、レントゲン予約をしに行った時には、下剤を飲んで便を出しておくようにという指示…
もちろん健康管理員に確認の元、指示には従いませんでしたが…私の中でフィリピン人の便秘疑惑が浮き彫りになったのは言うまでもない。
レントゲン写真をもって、再びドクターのところへ受診。
レントゲン写真からは骨や椎間板には異常なしと言われ、腰痛ハンドブックを渡され、よく読んでおくようにと言われた。
筋肉弛緩剤の服用のみ言われ、ドクターからは痛みが引いたらエクササイズした方がいいといわれ、水泳を進められた、近場にプールがないのでヨガとかしたいと言ってみた。
その後、毎日腰痛に効くストレッチを続け、だいぶ良くなった。
徐々にコアマッスルを鍛えるトレーニングとかも取り入れつつ…
だけど、病院受診から2週間後、イロイロ市までバス4時間の移動で腰痛再発…
イロイロ市から帰宅後は風邪も発症し、療養。
そしてその1週間後には中間報告でマニラに上がった。
腰に注意しながら、移動し、無事マニラに着いたわけだが、不思議と腰痛が治っていた…
任地ストレスだったようである。
レントゲン写真。データではなくフィルムなのがフィリピンの田舎の病院らしい。
筋肉弛緩剤
日本から持ってきた湿布と、こっちで買ったサロンパス(※久光のではなく、韓国メーカーのものだった)
レントゲン室
フィリピンの病院は日本とだいぶ違う。ドクターごとに部屋があり、直接、ドアの前の秘書に内容を伝える感じ。
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