Monday, February 29, 2016

ネグロス島への旅~Trave to Negros Island in Nov.2015

赴任して、初の旅行といえる旅行で、フィリピン隊員の任地をめぐる旅をしてきた。

赴任して3ヵ月。

活動もまだ十分開始したとは言えないが、先輩隊員のネグロス島訪問しない?という誘いを受けて、行くことにした。

任地での活動は赴任してから、ずっと障害者データの分析やら何やらで、デスクワークが続いていたし、だいぶ飽きてきていた。

先輩は、同じ障害者支援の活動をしており、一緒にめぐることで、JICAボランティアの障害者支援の活動を他の任地にも紹介するという、一応お仕事を含めた、旅行である。





最初はネグロス島までどうやって行くのかと思っていたけど、陸路と海路で行くことになった。以下こんな感じ↓

バンガ⇒イロイロ バス4時間
イロイロ⇒バコロド 船で2時間
バコロド→ドゥマゲッティ バス7時間

バスターミナルから港までの移動もいれると、結構かかる。


まずはネグロスオリエンタル州パンプローナ町役場を訪問。パンプローナはタンハイという町から
トライシクルで30分くらい山に入って行く。
バイクや車がなければトライシクルしかないというこの不便さ。
ちなみにアクラン州のバンガやリバカオは、カリボからのジープが走っている。

パンプローナには、同期隊員のIさん(男性)が赴任している。
彼の配属先は農業事務所だが、町役場の障害者リーダーがJICAの障害者支援に興味を持っているとのことで、今回の訪問に至った。

先輩隊員と一緒に活動内容を紹介したり、周りを案内してもらった。

Iさんの上司にランチをごちそうになったのはよかったが、カンテーンのハエの多さにはげんなりした。そして、この上司、先輩の話すイロンゴ語に萌え~って感じで、テンション高かった。



パンプローナ町役場


パンプローナの障害者リーダー


Iさんの上司、イロンゴ女子に萌えていた 笑


そのあとは、シブランに住む先輩隊員(女性)の家に泊まりながら、観光。

カリボの垢ぬけなさや、埃っぽさから想像できない、ドゥマゲッティ…

海沿いの町であり、米軍の退役軍人なども多く住む町。

おしゃれなレストランも多く、そして安い!!

こんなところが任地なんてうらやましいと、まじで思ってしまった。



海沿い

町中

夕暮れ時



お決まりの♥


天気も晴れ。砂浜で犬がのんびり


ドゥマゲッティから日帰りでアポ島へアイランドホッピングをしてきた。
私はシュノーケリングだったけど、十分楽しめる。
なんとウミガメを見つけ、一緒に泳ぐことができた。


かの有名なアポ島へのアイランドホッピング。
海の青さがパナイ島と違う気がする。


アポ島。
海の下には、ウミガメが泳ぎ、火山の噴火の泡など、
この地特有のものが見れる。


ビーフステーキ

手前右はラプラプのお刺身。




このあとはセブのオスロブまで足を延ばしてみた。

続く


Wednesday, February 3, 2016

カリボ特別支援学校 訪問


バンガの隣町のアクラン州の州都カリボには、特別支援学校に配属されているJICAボランティアの先輩がいる。彼は現職参加で日本では特別支援学校の教師だった。

近いのになかなか訪れることができなかったが、先輩の任期が3月までだったので、それまでには行ければと思っていた。

先輩はいつでもいいよ~との返事。

あとは配属先との調整である。自分一人が訪問しても意味がない。カウンターパートを同行させることが私の目的。

カウンターパートを含め、配属先の人達にはJICAボランティアの活動を見てもらいたいし、そこから何かを感じ取ってほしいと意味もこめて。

そしてついに1月中旬にカウンターパートと一緒に訪問した。

先輩の配属先はカリボの特別支援学校で通称KISECというところ。先輩は日本でいう高校生くらいの年齢の障害を持った生徒たちに、古紙を作った紙つくりを教えていた。
先輩のカウンターパートはクッキーなどの料理を担当していた。

私より1年も長く、任地にいる先輩。勉強熱心で、現地語のアクラノ語、英語を流暢に操り、生徒たちに話しかけたり、指導している。

すごい!!

やはり現地語を含めた新しい言語の一番早い上達はこういった子供達との会話なんだろうなと
改めて思った。

私はオフィスではあまりしゃべらないし、市場で買い物をするときに使う程度。。。

もっと練習しなければと先輩の活動の様子をみて思った。

熱心に始動する先輩


先輩が大工さんに作ってもらった紙すき


生徒や先生と一緒に。




先輩のクラス見学のあとは、他のクラスもみさせてもらった。
聴覚障害児のクラス、視覚障害者のクラス、知的障害者のクラスなど…

知的障害を持っている生徒のクラス

点字

視覚障害を持った制度が点字で書く

通常のクラスにも障害を持った生徒がまじっている。


州都カリボの特別支援学校だけにいろいろなクラスがあり、規模の大きさを物語っていた。

私も手話ができれば!もっとコミュニケーションが取れるのに!となんども思ったことか。

それだけ、生徒たちはフレンドリーで、可愛かった。

特別支援学校はバンガにもあるが、規模も小さいに2クラスしかない。


ちなみに先輩は古紙から紙を作り、レターセットやギフトボックスを作っていた。

もちろん生徒たちにもちゃんと教えながら。

障害を持った子供達に教えるのはとっても大変だけど、それぞれその子の得意不得意、性格などに合わせて、教えたり、コミュニケーションをとっている姿は、私も大いに勉強になった。



Sunday, January 31, 2016

もう一つのアティアティハン ( Ibajay編 )

アティアティハンは、カリボだけではない。アクラン州のいくつかの町でも行われている。

私の町のBangaは、カリボのアティアティハンに参戦する形だったけれど、

カリボから北西方面にあるイバハイ(Ibajay)という町でも、1月の第4週に、アティアティハンを実施している。

先輩隊員の職場の同僚らに声をかけてもらい、私も連れていってもらえた。

イバハイはカリボから車で大体1時間。

海のないBangaに住んでいる私には、海の見える景色が新鮮だった。

私たちはイバハイ出身の先輩の同僚らに案内してもらい、様々なパレードをみた。

カリボの時は出場する側だったので、あまりパレードをみることはできなかったけど、

今回は完全ゲストの立場。

イバハイのアティアティハンは、本物のカニや、魚、レチョンなどをデコレーションの一つとして取り入れており、各団体(バランガイ)の個性を感じさせる。

黒いオイルを体中に塗りたくったおじさんらのなぞのダンスや、アティ族に扮した子供たちの
かわいらしいダンス。

そのあとを豚の丸焼きをのせた車がデコレーションいっぱいでゆっくり進んでいく。


見に行くなら、絶対こっちの方が面白い!

お決まりの I love Ibajay

豚の丸焼きと黒塗りの聖闘士

カトリックとアティと南国の組み合わせ


特産物をデコレーション



カニでデコレーション



Monday, January 18, 2016

Ati-Ati Han in Kalibo (アティアティハン)



任地の隣町のアクラン州の州都カリボは、Ati-Atihan(アティアティハン)というお祭りで有名である。

毎年1月の第3週目、約一週間にわたって、お祭りが開催される。町の人たちは、皆顔を黒く塗りつぶしたり、奇抜な衣装をまとって、音楽とともに練り歩く。


このアティアティハンのために、アクラン州の至るところでは、大体10月頃から、マーチングバンドの練習が始まる。少年たちが主に打楽器らを演奏しながら練り歩くのだが、これが家の前で行われたり、夜行われたり、結構うるさい。
おかげでフィリピン人同士の会話も怒鳴りあう感じになる。

だからか、アクラノ語はいつも怒っているような口調なのは気のせいか?

LGUや学校や会社でも団体としてこのアティアティハンに出場する。

おそろいの衣装を来て、町を練り歩くだけなのだが…


まあ、お祭りなのでお酒飲みながら、ヨタヨタしながら参加する人も多い。

もちろん観光客の飛び入り参加もOK。

私も同僚らと参加したが、OJTの女子大生がお酒飲みながら歩いているのには驚いた。

フィリピン人女子は意外に酒を飲む人は飲むんだね。


広場











マーチングバンドの楽屋?
アティアティハンの衣装は派手だ




サントニーニョも売られている。




Saturday, January 16, 2016

北ルソン(Northern Luzon)~FINAL編

Day9, Jan. 2, Sat.

この日、サガダからバギオまでバスで向かう。

朝ロッジの管理人ロニーにバス停まで送ってもらい、無事乗車。

フィリピン人はひとりでいる人にやさしい。この時も、バスを待っていたら、地元サガダのおばちゃんに声をかけられ、娘たちと同じバスに乗れるから、おいでと言われ、ついて言った。
バスの座席指定などないフィリピン。自分の席が確保できるかもわからなかったが、彼女のおかげで無事席を確保できた。

ありがとう、おばちゃん!

隣に座ったおばちゃんの娘は大学生で、ロングヘアの長身のモデルさんみたいな人。

ブランドものの財布も持っていて、バギオはお金持ちが多いのか?!と思ってみたり。。。

任地アクランではありえない光景である。


9時に出発し約5時間かけてバギオに向かった。

途中の山道は案の定、ドライバーの力量が試される難所ばかり。

途中脱輪しないかとかひやひやしながらも、なんとか無事到着。

この日はサガダもバギオも曇りのち雨。

バギオのバスターミナル到着後、タクシーでホテルまで移動。

チェックイン後、明日3日のマニラ行きのバスターミナルの確認を含めて外出。

ホテルのレセプションでバスターミナルを教えてもらい、徒歩で向かう。

サガダ並みに寒い。

バスはビクトリーライナー。

待っている間、ターミナルに続々とバスが到着し、そして出発していった


バスの時刻表


チケット売り場は何百メートルもの列ができており、どこが最後尾かわからない。

近くにいたスタッフに確認すると、チケット買いたいなら、並んでと言われたので、最後尾を探しつつ、歩く。

ようやく見つけた最後尾に並ぶ。

私の後にも続々と列ができる。


並ぶこと・・・・・



3時間・・・・・・・・



ようやく明日のマニラ行きのチケットを購入できた。




そのあと、おなかがすいていたので、ホテルの近くのSMモールに向かう。


SMモールのイルミネーション


 土曜かつお正月で大勢の人々。

比較的空いていた日本食レストランでラーメンを食べ、ホテルに戻る。



Day10, Jan. 3, Sun.

この日は朝から雲一つない快晴。出発の日はいつも晴れだ。

ビュッフェスタイルの朝食付きのホテルを選んでいたので、優雅に朝食をいただく。

コンチネンタルスタイルの朝食に加え、フィリピン式のメニューもあり、

フィリピン人にも外国人にも対応していた。

おなか一杯食べて、ゆっくり身支度して、チェックアウト。


ホテルの近く。バギオは
街がきれいでフィリピンぽくない。

バスターミナル。雲一つない。

車窓からのバギオの眺め。
高原都市というのにふさわしい。

バギオの街と雲が同じ高さに見える不思議な光景。
わかるかな?

後ろ髪ひかれる思いでバギオを後にした。

どんどん離れていくバギオ。

バギオが改めて標高の高いところにある高原都市であることを知った。


そして約6時間かけてマニラに到着。

次の日飛行機で任地に無事帰還。

 旅はおわった。。

Friday, January 15, 2016

北ルソン(northern Luzon)の旅~サガダ(Sagada)編

Sagada滞在は3日間。

思いもよらず、Sagadaで年越しをした。

Sagadaは同期隊員に勧められて初めてきたが、滞在してみて、また来たいなと思ったほど、良いところだった。

Hanging Coffins(ハンギング コフィン、岩に棺桶がつるされている) で有名であるとともに、トレッキング、ハイキング、ケイビングなどのアウトドアができる場所が多く、欧米からの観光客も多い。

SagadaのHanging Coffins


そのため州を上げて、観光政策に取り組んでおり、観光客向けのカフェ、レストラン、ゲストハウスなども多く点在する。

散策で見つけたカフェ。Sagada Brew。オープンな造りになっていて入りやすい。
テラス席もあり 。 
 

Sagada Brewの オムレツ、赤米、サラダのブランチ
 
 
地球の歩き方にも載っているYoghurt House
料理のはずれがなくいつも満員。
値段もリーズナブル
 
ポークステーキとマッシュポテト@Yoghurt House
 
 
 
クランチのクッキーの上に自家製のヨーグルトかけたデザートとサガダティー
@Yoghurt House
 
 
フランス人経営のクレープ屋さん

現地で作っているワイン
おばちゃんはミンダナオ出身だそう。
 
最初に見つけたSagada Weaving

工場で造られたものを直売しているので値段もリーズナブル。
 
 
 
宿泊していたのは、中心部から離れたロッジ。


宿泊したロッジ。


眼下はネイティブハウスと、畑、そして林を見下ろすことのできる。
まるで北米か日本の山間地にきたと思わせるところだった。

ロッジの管理人であるフィリピン人家族と一緒に年を越した。

また、ボンファイヤー(たき火)を炊いてくれたり、たいまつによい木などを教えてくれた。

山の民は昔から貧しい暮らしをしてきたけど、たいまつをライトにしたり、たき火で体を温めたりして、生活を工夫してきたんだと、話してくれた。

一番お世話になったその管理人のロニーは26歳位ですでに2人の子供がいる。

小学校しか出ていないから英語は下手なんだと言っていたけど、一生懸命話してくれていた。

間違った英語でたまに、何を言っているのか本当にわからないときもあったけど。

そして気を抜いてしまうと、思いっきり現地語で私に話しかける。。。

彼の現地語はイフガオで話されているトゥワリ語。

同期隊員のHさんなら少しは理解できるが、私はパナイ島アクランから来たから全くわからない。

日本の写真を見せてくれと言ってきたので、デジカメに残っていた日本の写真を見せてあげた。

日本語の簡単な言葉も知りたいって言ったので教えてあげた。

たき火を囲んで、心温まる時間をすごした。


ロニーとその家族が住むネイティブハウス。
中は意外に現代的で電気もあるし、水道も使える。


ロッジからの朝日
 

黒犬の番犬
ここオリジナルの犬は黒なんだそう。



ここSagadaはマニラからもバギオ経由で12時間近くかかる。空港も近くにはない。

だから、海外に行くのは相当大変だろうし、よっぽどじゃないと行くことはできないと思う。

そんなところに住んでいる素朴な民との交流は私にとって、また一味違う旅の面白さを感じさせてくれた。