Thursday, May 18, 2017

魚を使った料理♪~南蛮漬け~


フィリピン人の先生のお宅で作らせてもらう料理は、自分でいろいろ考えて試してみる。

先生も自分も好きな料理に“南蛮漬け”がある。

南蛮漬けとは、揚げた魚と炒めた野菜を甘酢のソースに漬けこむ料理。


日本だと揚げ物で手間がかかるので、作ったことがなかったけど、

日持ちするさっぱりした魚と野菜の料理ということで、フィリピンに来てから6回くらいは作った。

フィリピン人の先生も魚、それも小さい魚が好きということで私と好みが一致。外国人の友人が多い先生の家でも南蛮漬けらしきものは作られているが、日本のものに比べると、より辛くて酸味も強い。

そこでご飯にも合う、日本風“南蛮漬け”を作ってみたら、これが意外に好評!!

先生の義理の娘さんも喜んで食べてくれていた♪

ちなみにレシピはクックパッドや、和食レシピのサイトを参考にしつつ、フィリピンにある材料でアレンジ。

小さな魚の種類も日本に比べて多いフィリピン。特に任地は近くに海があるということで毎日2回朝と夕方、水揚げされた新鮮な魚が出回る恵まれた環境。

漁師の娘だという先生は魚について詳しく、下処理の方法も得意だった。


全長10センチ前後の魚たち



中華鍋で浅めの油で小麦粉またはコーンスターチを付けて揚げる

 

大き目の魚も切り身で揚げてみた


出来上がり

フィリピンに来てから、任地にある材料で健康的でおいしい料理を作るのが最近楽しくなってきた♪


特に魚料理は日本より新鮮に出来上がる♪









Tuesday, May 16, 2017

緊急一時帰国

4月に入り、日本から家族の容態が思わしくないとの連絡があった。

その後、危篤連絡が入り、4月後半、緊急一時帰国をした。

葬儀、片づけなどで日本に2週間ほど滞在した。

世間はGWだったが、私は毎日残った家族と掃除と後片付け。



一時帰国前は、一時は家族から任期を早めて帰国してほしいとの連絡もあり、悶々とした日々…

活動もあるし、成果物を配属先に残して帰国したいという思いもあって、日々しんどかった。

任期を短縮して、帰国して家族の面倒を見て、落ち着いたらまたフィリピンに来るということも、頭によぎったが、それでは残りの私の人生が無駄に思えてきて、慌てて消し去った。

家族が私の意見に理解を示してくれた。

配属先も、周りの人達も、近くの同期隊員もみんな、いろいろ声をかけてくれたり、気遣ってくれたりしてくれた。

感謝するしかない。。。

Sunday, April 30, 2017

自分の誕生日は自分でもてなすフィリピン♪

4月は私の誕生日。

フィリピンでは誕生日の人がもてなすという文化。

それを聞いていた私は、あまり派手にしたくないなぁと思って、こっそりやってみた。

派手にしたくない理由は、いろいろあるけれど、まあここでは省略 (笑)


いつもお世話になっている先生とその家族を中心に本当に仲良くさせてもらっているフィリピン人に限定してみた。

でも、結局、配属先や近所の人にも日頃の感謝をしたいなと思っていたので、少し多めに作って振舞うことにした。


そして、なんと、先輩隊員の元カウンターパート(先輩隊員はすでに帰国している)も手伝ってくれることになった。

先輩隊員の元カウンターパートのJさんは、特別支援学校の先生で、バンガ在住。

配属先のことや生活のことでいろいろ心配してくれる優しくも頼もしい先生。

普段はなかなか会えないけど、この日は一緒にクッキングセッション♪

先生とも友達だし、世間(アクラン)は狭い。(笑)


作ったのは、以下のとおり↓

  • かぼちゃのコロッケ
  • 豚汁
  • トマトのサラダ
  • そば





左からトマトのサラダ、そば、豚汁、かぼちゃのコロッケ
手前右はローストチキン(家族が買ってきてくれた)


かぼちゃのコロッケをタッパーに詰めてみた(^^♪



Jさんは特別支援学校で料理や工作なども教えているから、上手♪
コロッケはほとんど彼女の手作業によるもの。

フィリピンはおかずをライスと一緒に食べる。そのため、初めてみたそばはどう食べていいのか戸惑ってしまったよう...

そば以外は好評だった。


ちなみに大量に作ったコロッケはタッパーにも詰めて、次の日職場に持っていった。

Thursday, April 6, 2017

おじちゃんたちの誕生日パーティ♪~バンガ編

任期も残すところ2か月余り…となった4月初め…

今年に入り腰痛の治療に専念し、自宅で作業することも多かった。

3月からフィリピンは本格的に夏となり、バケーションモード。

海外にいるフィリピン人もこの時期、帰国したりする。

私のアパートのオーナーさんもその一人。

1月半ばに帰国し、6月までここに滞在するそう。

オーナーさんに誘われて、マラリソン島へ旅行へ行った後から、オーナーさんの従妹である、バーのおばちゃんによく声をかけられるようになった。

電話番号も交換したのでたまにテキストが来たりする。

※アクラノ語なので、理解するのに時間がかかる…


そんなある日、「今日の夜、タラバに行くよ。カルボの誕生日だから」とメッセージが。

もちろん現地語で来たので、時間をかけて翻訳…(笑)

私はこの時点で勘違いしていて、「タラバに行くよ」が、「タラバを作るよ」と思い込んでいた。


だから、待ち合わせの時間に彼女の家の前に行ったけど、料理の準備など何もしていないので変だなと…

確認したら、タラバというレストランに行くよ!ということだった。

よくある勘違い…

特にフィリピン人とのコミュニケーションは、欧米人とのコミュニケーションより勘違いや思い込みが先行していると私は感じている。


バンガにも一応レストランはあった。でも、ミネラルウォーターはおいていないという地元の客用のレストラン。

バンブーで作ったハウスには、すでに大勢のおじさん達(カルボさんの親戚や友達)でいっぱいだった。

そこに突如参戦した、日本人女子1名。

地元同士の集まりであればあるほど、彼らは地元の言葉を使うから、もちろんアクラノ語。

タガログ語も少し考えないと出てこないし、英語なんて出て来やしない。


思えばこういう地元民が集まる飲み会は、私は今までほとんど参加したことがなかった。

とりあえず笑顔つくろって、差し出されたオイスターや、ポークをつまみにビールを飲む。

いろいろ話しかけられたが、現地語だらけなので、ちんぷんかんぷん。


途中からオーナーさんの弟の奥さんやら、何人か来てくれたので紅一点にはならずにすんだけど。。。

日本だと、外で女性がお酒を飲んでも特に何も言われないし、特に都会では女性一人がバーで飲んでいても、普通だけど、ここフィリピンの田舎ではやはり、考えられない。

それだけ、自分が田舎に派遣されているんだということを再認識した。



ちなみに今日の主役のおじちゃんは69歳の海坊主。(笑)

グループ内では一番の年長だが、お酒も踊りもおしゃべりも楽しむ元気なおじちゃん。

かわいいの日本語だけを覚えて、なんども会うたびに「あなた、かわいい」

を連発していた。

Sunday, April 2, 2017

世界の笑顔プログラムを活用して~



JICAに頼ってばかりはいけないと思いつつ、任地の暮らしぶりは日本と大きな差がある。

障害児や障害者の人たちは、日本では当たり前である車いす、松葉づえなどの補助具がなくて、日常生活に困っていたり、

障害児向けのセラピールームでは、遊具やセラピーに使う用具の劣化や不足で、セラピーに来た障害児が来ても遊んでいるだけの時もあったりと…

仲良くなった町運営の小児リハビリセンターのフィリピン人理学療法士(女性)の話を聞いて、

このセンターのために何かできることはないかと考えた結果、

「世界の笑顔プログラム」を利用してみよう!

だった。


ちなみに世界の笑顔プログラム(英語名;Smile for all in the world)で、JICAホームページによると

“発途上国で必要とされている、スポーツ、文化、教育、福祉などの関連物品のご提供者を、日本国内で募集し、JICAが派遣中のボランティアを通じ、世界各地へ届けるプログラム”

とのこと。 

参考⇒https://www.jica.go.jp/partner/smile/


フィリピンで活動してみて思ったことは、欧米系のNGOやキリスト教系の団体がこういった補助具を寄付することもある。

だから、あえてJICAが入って寄付するだけだと、ばらまきになりそうだし、躊躇していたんだけど、やはりリハビリセンターでの物不足は深刻...



なので、日本から寄付してくれる人をJICAを通じて募集し、とっても素敵な玩具や用具がはるばる日本からやってきました。

依頼してから半年かけて、ようやく任地に届いた。


届いたよ~と知らせると、リハビリセンターに通う障害児のお母さんたちやスタッフ向けに贈呈式をやってくれるということになった。

写真はその時のもの。




贈呈式に集まってくれた保護者のお母さんたちとスタッフ



日本からやってきた知育玩具(タンデムとウッドクロック)



積み木のおもちゃ


初めて見る木琴にスタッフとお母さんも大興奮



木琴を送ってくれた中学校の皆さんからのお手紙


バランガイ訪問よりも、なんだか仰々しい感じだけど、やっぱりこういうものもボランティア活動の中にあってもいいなと思ったひと時だった。

Thursday, March 30, 2017

アンティケ州マラリソン島へ♪

近所のフィリピン人の友人に誘われ、アンティケ州のマラリソン島へ行ってきた。

3月4月はフィリピンにとっては夏。多くのフィリピン人が旅行に出かける。

近所のフィリピン人のおじさんもアメリカに在住していて、この時期だけはフィリピンに帰ってくる。

おじさんとその従妹であるおばさんに誘われ、1泊2日のマラリソンへの旅に参加させてもらった。




マラリソン島




途中立ち寄ったブルアンガという町

マラリソン島



早朝から子どもたちに出くわす


早朝トレッキングに参加


山の頂上からの眺め


朝から海辺で遊ぶ子ども



漁から帰ってきた島民たち



本日の収穫


2日目も天気がよい♪


こじんまりとしたリゾートの入り口



写真は液晶が壊れたスマホで撮ったもの。

心なしかどの写真もぼやけて見えてのは私だけだろうか?


この旅では初めてフィリピン人と一緒に旅行することができた。(それも日本人は私ひとり)

竹でできた民宿に泊まり、BBQをしたり、海辺で飲んで踊ったり...

凧を上げて、幸福や成功を祈るのも初めてみた。


波も穏やかだし浅いので、海に入っても、日本ほど危なくない。


フィリピン人たちの人生の楽しみ方を垣間見た感じだ。

日本人と比べると物質的な豊かさには圧倒的に欠けるフィリピンだけど、自然と共存して楽しんでいる様子は、フィリピン人の方が上のような気がする。

Monday, February 27, 2017

30年前の隊員と会う

2月後半、用事があってマニラに上がった。

その際に、フィリピン隊員のOVの方々とお会いする機会があった。

どちらも50代の紳士お二人。

そのうち一人は、フィリピン人女性と結婚されていたため、年に数回フィリピンを訪れているそう。

もう一人の方も、休みが取れたらフィリピンに3日間や4日間で来ることが多いとおっしゃっていた。


50代のおじさま方から出るのはフィリピンパブの話から、30年前の隊員時代の話などなど、本当にバラエティーに富んでいた。

30年前は携帯やスマホ、PCもない時代。報告書は手書きで提出とか、定期連絡は無線とか。。。

ちなみに一人はマニラ隊員だったので、当時のマルコス戒厳令の時代の様子も詳しく教えてくださった。

30年経ってもフィリピンは変わってないのか~と思うこともあれば、少しは進歩したと思うことがあるようだ。

私も活動の話や悩みを聞いてもらって少しはほっとした気持ちになった。

こういう機会を持つことができてよかったなと感謝している。