Thursday, January 14, 2016

北ルソン(Northern Luzon)の旅~Day 6

Day 6, Dec. 30.Wed.

本日は移動日。イフガオから隣の州、マウンティン州のサガダを目指す。

まずは滞在先のラガウェから、バナウェまでジープニーで移動。

バナウェからマウンテン州のボンドックまでバンで移動し、ランチと短時間の観光。

そして、ボントックから、サガダへジープニーで移動。

バナウェからボントックまでは約2時間半。天候や道路状況によってはもっと時間がかかると思われていたが、思ったより早くついた。

サガダ、ボントックはマウンテン州というだけあって、山に囲まれた町。

ボンドックは標高1100メートル。サガダは標高1600メートル位。


午前11時頃、バナウェからボントックに向けて出発。山道をくねくね上る。この日の気候は曇りのち雨。進むにつれて、霧がかかり、前が見えない山道を進んでいった。



そして、イフガオ州とマウンテン州の境目。

州境を示すサイン

州境のマーケット。高原野菜が並ぶ。


ここは南国フィリピンかと思わせるほど。下手すると、ペルーやボリビアの山間地を思わせるそんな風景だった。気温もぐっと下がり、寒さをこらえるのに必死。

ダウンジャケットや長靴、ニット帽をかぶる地元民うらやましく見えた。

マウンテン州に入ってから、山々に生息するたくさんの松の木々が自生しているのが見えた。

風景そのものは、故郷の新潟や長野の山間地にすごくにていた。

そして、たくさんの棚田も車窓から眺めることができた。

ボントック付近の棚田の特徴は石で組まれたもの。これはバナウェで見る棚田とは違う。

棚田そのものは北ルソンでみることができるが、地域によって、棚田の高さ、作り、大きさ、集落の作り方などが異なっている。そういったものを観察するのも面白い。

車窓から棚田が見える。バナウェとはまた違う光景。


ちなみにボントックは、交通の要所として利用されることが多く、素通りしてしまうことが多い。だけど、町の中心部はコンパクトにまとまっており、歩きやすい。

ということで今回は、サガダへのジープニーの最終時刻を確認してから、ボンドックでランチをしてみた。
まずは市場を覗く。

町のメインストリート。派手さはないがまとまっている。

 
スイカの山。縞模様がない緑一色のスイカもこちらでは普通。

新鮮な野菜たち
根菜が目立つ。
 

ボンドックの人々は山の民。

市場の内部。南米の山間地を思い起こさせた。



ランチは地元の人に教えてもらった、ピザレストラン。
田園風景を臨みながら、ピザをいただく。

レストランの看板。ピザのほかにカップケーキもあった。

ピザと田園風景



ピザレストランからの風景。なぜか日本っぽい?
田んぼのあぜ道が石でできている。小さいけど見えるかな?
 
 
 
ランチ終了後、ジープニーで最終目的地サガダに向かう。

この後も山道をくねくね進む。窓がないので外からの風を感じながら向かった。

右の道の奥に小学校があるらしい。
 

山だけに馬も多い。



そして1時間弱でサガダに到着。

こじんまりとしているが、ごみも少なく、トライシクルも走っていない。

そして、涼しい。

サガダの市庁舎(townhall)

山道仕様?のジープニー




ジープニーの上。
 
サガダについたら、涼しいけど快晴だった!
 
 

Wednesday, January 13, 2016

北ルソン(Northern Luzon )の旅~Day 5

Day 5, Dec. 29, Tue.


体調も回復し、かねてから連絡を取っていた トゥワリ語のジョシー先生と会う。

ジョシー先生とはほぼ4カ月ぶりの再会。

ロスバニョスでの現地語レッスンの時以来だ。

私はタガログ語のレッスンだったため、ジョシー先生から直接習ってはいなかったが、フィリピンと日本の文化の違いなど、いろいろ話をした仲であった。


この日は、イフガオ隊員Hさんの職場、そしてJICA支援による小型水力発電所、そして、ジョシーさんの地元キアンガンの観光を行った。


Hさんの職場 イフガオ州庁舎
 
 
そのあと、水力発電所に向かう。

砂利道の悪路を行くこと30分。
日本とフィリピンの国旗が目印の小型水力発電所の入り口
 

小型水力発電所の周りの風景、
山、水田、河のバランスがよい。
 
 
水力発電のための用水路。結構長い。

水力発電所の中の機械。日本企業のものである。
 
 
 
 
午後からはキアンガンの有名な棚田を目指す。トライシクルで上って行ったその先には、
バナウェの棚田より緩やかな棚田群が見られた。

棚田の見えるスポットに住んでいるイフガオ族の子供達。
 

コンクリートの道ではあるが曲がりくねっていて急である。
だんだん天気も曇ってきた。

キアンガンの棚田。
派手さはないけど、脈々と受け継がれたきたものだと思わせる存在感がある。
 
 

最後はキアンガンのイフガオ博物館。
館内は撮影禁止のため外から。
 

体調も戻りつつある状態だったが無理はできないので、控えめな観光だったけど、 ジョシーさんに会えて、そしてジョシーさんに地元を案内してもらってうれしかった。

北ルソン(Northern Luzon)の旅~Day 3, 4


Day 3, Dec.27 Sun.


今回の旅のハイライト。

それは世界遺産の棚田があるバナウェへの観光。

滞在中のラガウェからバナウエまで、ジープニーで約1時間。

ラガウェからさらに山へ入り、山道を登って行く。

気温もラガウェより若干低め。風邪が涼しく感じられる。

バナウエに着いたら、トライシクルのドライバーと交渉して、バナウェのビューポイントに向かった。

天気は快晴!

バナウェのパブリックマーケット正面
 

木で作られた小型二輪車。イフガオ名物?大会もあるらしい。

ビューポイントからの眺め1

ビューポイントからの眺め2

棚田の保護を呼びかけるポスター

ビューポイントからの眺め3
段々になっている棚田が美しい。



イフガオ布のドレスをまとったワンちゃん


イフガオの民族衣装をまとったイフガオ族の女性達。
快く写真撮影に応じてくれた
(チップは必須)


お昼は棚田が見えるレストランで(^^♪


レストランからの眺め

ランチ。日本風のカレーとチャプソイ(野菜炒め?)




午後は、バナウェに来たら、絶対行くべきだと言われた、バタットという集落へ。
バナウェ中心部からトライシクルで向かうこと約1時間。





険しい山道にトライシクルが耐え切れず、途中歩いたりもしながら、なんとか到着。



入り口の看板。ホームステイもできるらしい。
 
 

Batadの棚田。特徴的なのは、集落が棚田のすそ野にまとまってできていること。



看板

 
お土産のマグネット


このあと、急激に悪寒が遅い、体調悪化。

なんとか宿に戻り、熱を測ると37.7度。。。

薬を飲んで寝るしかできなかった…


Day 4, Dec.28 Mon.

療養。。

熱は下がったが、まだふらふらする。体もいたい。


イフガオ隊員Hさんに同行して、日本から来ているNPO法人と一緒にバナウェでドローンを飛ばすのを見たかったのですが、やむなく欠席。。。


 サヤーン!!涙 


(サヤーン:タガログ語で残念という意味)

北ルソン(Northern Luzon)の旅~Day1, 2

Day 1,  Dec. 25,Fri.

任地からカリボに向かい、カリボからマニラへ飛行機で移動。

移動日1日目はクリスマス。

任地からカリボまでの移動でジープに乗って移動したが、みんな、クリスマスのせいか、笑顔。

そしていつにもましてフレンドリー。

そして挨拶はメリークリスマス!

フライトはクリスマスということで、2時間遅れ。

夜な夜なマニラ空港に到着し、タクシーで宿泊先に移動。

タクシーのドライバーとの会話もクリスマスの話題。

そして、クリスマスで24時間近く働いているという苦労話も聞かされる。笑

ごくろうさまです、運転手さん。

宿泊先では、明日のバスターミナルの場所をチェックして早々に就寝。



マニラ空港内のクリスマスツリー


空港の外のクリスマスツリー




Day 2  Dec. 25, Sat.

朝5時に起き、マニラの宿泊先からサンパロックのバスターミナルにタクシーで向かう。

早朝は車もすくなく、すいすい進んだ。


サンパロックで、トゥゲガラオ行きのバスを待つ。 

バス会社はフロリダバス。

バスでの長時間の移動は初めてでドキドキ。

ターミナルについたらおばちゃんにどこ行くんだと、タガログ語で聞かれる。

どうやらわたしは中国系フィリピン人にみられているらしい。

隣の席に座ることになったフィリピン人の若い女性にも早口のタガログ語で話しかけられ、

思わず英語で聞き返す。

席を確保した後、バスに座れるまでトイレにも行かずずっと並んで待つこと1時間。

7時にバスに乗れ、7時過ぎに出発。

遅れて乗り込んできた乗客は立ちっぱなし。

私の目的地は途中のソラノ。それでも8時間はかかる。

 
フロリダバス
数あるバス会社のうちの一つ。若干他のバス会社より安め?と思われる。
 
 
マニラを出発した後はひたすら北上。でも日本のように高速道路を走るわけでない。
フィリピンの国道をひたすら走る。信号はなく、道も舗装されていないことが多く、渋滞にはまったりすると、のろのろ運転になる。

トイレ休憩もいつかわからないので、水分補給も控えめにひたすら耐える旅が始まった。

途中、朝食のために休憩し、そのあと3時間近く走り続ける。

通路側の席だったので、自分の持ち物を常に確認しないといけない状況だったので気が休まることない8時間だった。

午後4時半にようやくソラノで降車。

途中の町の様子。車窓から。
 

山の上のバスの休憩所。高原野菜のキャベツらを見かけ始める。
 

こんな景色が続く北ルソンのバスの旅
 

ソラノからはラガウェまでジープニーで移動。山を登って進んでいくジープニー。徐々に涼しくなってきた。
ラガウェでイフガオ隊員のHさんと、先にきていた同期隊員Kさんと合流。




地元の会合に顔を出してみた。ゲームに講じる人々。


夕食はHさんの友人宅でいただき、そのあとは集落の会合でおしゃべり。

ビサヤ地方のフィリピン人と違い、山の民、イフガオ族は、おとなしい印象だった。

トータル10時間近くかけてイフガオにきた。

気温は肌寒い。

寝るときにブランケットが必要だ。。。

Tuesday, January 12, 2016

北ルソン(Northern Luzon )の旅~準備編

クリスマスから年明けにかけて、隊員の間では、どこに旅行に出かけるという話題が上る。

私も最初はどうしようかと考えていたが、同期隊員から、イフガオの棚田を見に行こうと誘われ、その誘いにのった。

もちろん、せっかく行くのだから、長めに滞在して、北ルソンを回るのもいいなと思い、計11日間の行程を組んだ。

当初はイフガオを含め、バギオ、ビガンなどまで回れればと思ったが、思ったより、陸路での移動に時間がかかることが判明し、イフガオ隊員のおすすめ、サガダに滞在してみることにした。


 【旅のスケジュール】
  1. Dec. 25, Fri.    任地⇒マニラ      /マニラ泊
  2. Dec. 26, Sat.   マニラ ⇒ ラガウエ  /ラガウエ泊
  3. Dec. 27, Sun.                  /ラガウエ泊           
  4. Dec. 28, Mon.               /ラガウエ泊 
  5. Dec. 29, Tue.               /ラガウエ泊
  6. Dec. 30, Wed. ラガウェ⇒ サガダ  /サガダ泊             
  7. Dec. 31, Thu.               /サガダ泊
  8. Jan. 1, Fri.                 /サガダ泊
  9. Jan. 2, Sat.    サガダ⇒バギオ   /バギオ泊
  10. Jan. 3, Sun.    バギオ⇒マニラ   /マニラ泊
  11. Jan. 4, Mon.  マニラ⇒任地






今回の旅の目的の一つ

世界遺産のイフガオ州バナウエの棚田
World heritage, Rice terraces in Banawe, Province of Ifugao, the Philippines


さあ、旅の始まりです♪

Lets get started our journey!





Monday, January 11, 2016

壊れゆくガジェット

フィリピンに来るにあたり、活動のため、携帯やらパソコンやらを新しくしてきた。

※日本にいるときは渡米の際に買ったVAIOを7年近く使っていたが、さすがにバッテリーやOSの古さなどもあって、新調することにした。今まではメビウス、ダイナブック、VAIOと国産ブランドのノートを愛用してきたが、予算も限られていたので安くてスペックの高いものとして、DELLをオンラインで購入した。
一方、スマートフォンは、古かったので、フィリピンで買おうと思っていたが、派遣前訓練直前に壊れてしまい、やむなく、型落ちのスマートフォンを日本で購入し、持ってきた。


アメリカにいたときは、デジカメを落として壊したくらいだったが、フィリピンに来てからは自分が日本から持ってきた電化製品(ガジェット)が次々壊れていった。

フィリピンの不安定な電圧、気候、湿気、砂、蟻などなど、予期せぬ敵が襲ったのだと思う。

フィリピンでも電化製品は買えるが日本ほどのバラエティはない。そして、パソコン、iphoneなどは、

日本で買うより割高である。

そうフィリピンでは、輸入品は高いのである。だがその分、丈夫であることからフィリピン人は、日本人の持ち物を目ざとく、チェックしてくる。


ではここで、壊れたものを列挙してみる。

① SONYのxperiaのスマートフォン

② LANケーブルにつないでWIFI化するWIFIルータ

③ DELL XPS12(唯一もってきたノートPC)

④ デジカメの充電アダプター


【故障内容】
①LCD(液晶画面)が半分くらいしか見えなくなった。鞄の中で衝撃を受けたのが原因だと思われれる。

②ある日、突然青いランプがつかなくなった。 

③Z行のキーボードが打てなくなった。日頃からショートカットキーを多用していた。

④充電しようとプラグを差し込んだら火花が散ってショートした。


【対処方法】
①カメラや、アプリの機能は問題なしのため、反転させながら使用している。
ちなみにフィリピンの携帯修理屋にもっていったが、修理不可と言われ、さらにフィリピンのSONYストアでは同じ機種を見つけるも、国が違い、型番がちがうので修理不可と言われた。
一時帰国した際に、日本での修理を検討しているが、帰国中に修理が完了するか微妙なので、現状維持する予定。


②日本から念のため持ってきた LAN-USBケーブルで代用する。職場のWIFI化はできなくなったけど。

③製造メーカーに問い合わせたが、明確な回答得られず。保証期間がちょうど切れてしまったので、ミニサイズのキーボードを買い、それで代用。ちなみにディスプレイはタッチパネル式で反転もするので、閲覧の時はタッチパネルでタブレットとして使用。

④ACアダプター-USBをフィリピンのモバイルショップで購入。



スマートフォンとノートPCは、現代の隊員には必需品。だから少しでも故障していると、連絡の遅延など活動に支障が出る。
だから私は今回、スマートフォンとノートPCの故障は結構ショックだった。これが日本だったら
すぐにお店に行って修理してもらったり、電話で問い合わせしたりできるが、フィリピンのこの田舎町ではそうもいかない。

壊れてしまったことを嘆いてもしょうがないとだんだん思えるようになってきた。
そして、次は何が壊れるのかと予測するようになってきた 笑

一時帰国の際に、新しいものを買うことも考えたが、日本とフィリピンの気候の違いを考えると
買わない方がいいかもしれないと思ったりもしている。

Sunday, December 13, 2015

Money Releasing ~援助金配布

前回、町民にインタビューをした記事を載せた。

詳しくは下記ブログを参照

この私が住民にインタビュー?!

http://arbolazul2012.blogspot.com/2015/10/blog-post_18.html


今回の記事はその続編である。


インタビューを終えて、必要書類を確認して、サインを取り付けて、すべての処理が終わったら、

住民に援助金を配布する。

この配布が11月に入ってから、しばしば行われている。

バランガイが30あるので、1日では到底終わらない。1日3つのバランガイを実施しても、賞味10日である。


ボランティアの身として、すべてに参加はできるわけもなかったので(日々の活動ありき)、一日だけ、オブザーブさせてもらった。

私の配属先だけでなく、関係部署が一丸となって取り組んできた。

毎日残業をし、土日も出勤していた同僚ら。

順番に並んで援助金を受け取る住民ら




 
 お札はホチキス留めのフィリピン
 
 
LGU総出で行う
 
 
 
 
エマージェンシーシェルターアシスタンスの受付カードの束
 

整列のため警備員も動員
 
 
メイヤーの挨拶、社会福祉開発事務所代表の挨拶などから始まり、この日は2つのバランガイへの配布が行われた。

お金をもらった住民らは大事そうにポケットしまう者もいれば、そのまま手で持っていく者もいた。

彼らにとっては臨時収入。

生活のため、家の補修のため、子供のためなどいろいろな用途に使われるだろう。

心なしか、皆うれしそうだった。