6月28日に任地を出ることがJICAフィリピン事務所からの連絡で決まった。
なんだかんだ、最後はドタバタしていた。
そしていつの間にか、活動は終焉を迎えていた。
ボランティアの活動は自分ではじめ、自分で終わらすものなのだなと感じた。
日本の会社で働いていた時みたいに、有給消化して、徐々に仕事の引継をしていくのとはちょっと違う。
最後は一人一人に手紙でも渡そうか?とかいろいろ考えていたけど、引っ越しもあり、マニラに上がってからのこともあり、結局それはできなかった。
最後は障害者のデータと写真、分析した資料などをCPにCD-ROMに焼いて渡した。
自分がいなくなってから、どうなるだろうとかいろいろ考えて、いろいろ伝えたいことも出てきたが、最小限にとどめることにした。
資料を残すことも大事だが、彼らには日本人ボランティアが2年ここにいたことで、意識が変わったりすることも大事だと思う。
任地の人たちの意識を変えることはできなくても、彼らの遠い記憶の中に、あんな日本人がここにいたなと思いだしてもらうだけでも、十分自分はヒーロー?(一応女なのでヒロインか?)になれたのではと思う。
学校に通っていた生徒の時だって、先生から習った授業の内容よりも、その先生の心意気とか、考え方をむしろ鮮明に覚えていたりする。
仕事をしていた時もそう。尊敬できる先輩、上司も仕事内容よりも仕事に関する考え方ややり方に感銘を受けた人の方が覚えている。
そういうスタンスでいいのかなと思う。。。
2015年7月から2年間、フィリピンのパナイ島アクラン州に派遣されている海外青年協力隊(アラサー女子)のブログ。新規コミュニティ開発隊員として、地域に根差した活動を模索中。現地のでの生活や活動について報告していきます♪
Monday, July 24, 2017
Friday, July 21, 2017
配属先での最終報告
日本に緊急帰国してもどってきたのが5月13日。そこから約3週間。
最終報告書の仕上げ、配属先に提出するデータや資料作成などにずっと追われていた。
そして6月8日にJICA調整員が任地を訪問してくれた。
目的はボランティアの最終報告を聞きにくること。
私はこの日に照準を当ててきた。合間にミニデシピを数回行い、任地を引き上げる準備も進めてきた。
ボスやCPも参加して、その他私の活動に関わっていた人達や関係者が参加した最終報告だった。
そしてなんとメイヤーも最初から最後まで私の報告を聞いてくれていた。これは私も本当にうれしかった。
2年間の活動。
ある意味長い。
最初に障害者のデータを分析した時の発表は最初の挨拶だけだった。そのあと、なかなか活動で話す機会も得られず、地道にCPと活動を続けてきた。
活動をもう少しで終えようとしてる自分としては、もう少し実のある活動をした方がいいのかといろいろ悩んだりもした。
周りの隊員の活動が目立つせいもあって、ちょっと引け目を感じていたのかもしれない。
でも配属先と町が必要としていること、それ自体をやることに意義があるのかなと。
フィリピンタイムで行われた最終報告は開始が遅れ、私の発表は30分。
そのあと、参加者達が私発表内容についていろいろ意見を言い始め、JICA側の出る幕はほぼなしの状態。
問題を投げかける形式のプレゼンにしたから言うまでもないが…
でもこれで一仕事終わった。
Friday, July 14, 2017
同期隊員のデシピ参戦♪
同じ州に2人の男性同期隊員がいる。
彼らがそれぞれ、配属先で送別会をやるというので、
手伝いも兼ねて、参加してきた。
1人は州都カリボ町の隊員で、ちょうど自分の誕生日と送別会を同時に行っていた。
町役場の近くのカンファレンスルームを貸切っての大規模なパーティ。
島内のJOCVの後輩たち、日本からのお友達なども参加してのパーティ。
各グループに分かれて(?)、日本食を作った。
巻きずし、牛丼、餃子、焼きそば、餃子、お好み焼き、フルーツポンチ、コロッケ、ポテトサラダなどなど…
フィリピン人はおかずをご飯と一緒に食べるが、この時はご飯がなかった。そのせいか、料理を出して、スタートした瞬間、あっという間に無くなった。人数も多かったが、フィリピン人たちの勢いには、やはり日本人は面食らう…
もう一人は、任地の隣の町、リバカオ。野菜栽培でいくつかのバランガイで活動しているそうで、送別会の場所は、町の中心部から外れた川沿い。
彼が用意していた日本食の材料で、野外訓練のごとく、外でいろいろ作ってみた。
私はやっぱりポテトサラダが得意なのか、作りやすいのか、ここでも作ってしまった。
暑さとジープの揺れで心身共に疲れていたけど、とりあえず最後ということで頑張ってみた…
次の日は腰痛に見舞われ、その次の日は心身の疲労で12時間以上寝てしまったが…
二人の送別会を見て、自分は配属先に向けて、特にやらないと決めたことに若干の後悔の念もわいてきたけど、自分の状況を考えると企画するのが難しかったなーと改めて実感。
大勢向けにやるより、お世話になった人や日本食に興味を持ってくれた人、そして残さず食べてくれそうな人にやるのが、自分にとって心地よかったので、私はそのやり方を貫いた。
帰国前2か月前に、家族の危篤で緊急一時帰国をしており、一時活動を中断していたし、一時帰
国から任地に戻ってきてから、40日余りで、活動の仕上げと引き揚げ準備をするのが精いっぱいだった。
私の活動の最終目標はデータを作り、分析し、それを配属先と町役場に提出することだった。
下手なデータは提出できない。そういったプレッシャーもあったのかな…といまさらながら思う。
彼らがそれぞれ、配属先で送別会をやるというので、
手伝いも兼ねて、参加してきた。
1人は州都カリボ町の隊員で、ちょうど自分の誕生日と送別会を同時に行っていた。
町役場の近くのカンファレンスルームを貸切っての大規模なパーティ。
島内のJOCVの後輩たち、日本からのお友達なども参加してのパーティ。
各グループに分かれて(?)、日本食を作った。
巻きずし、牛丼、餃子、焼きそば、餃子、お好み焼き、フルーツポンチ、コロッケ、ポテトサラダなどなど…
フィリピン人はおかずをご飯と一緒に食べるが、この時はご飯がなかった。そのせいか、料理を出して、スタートした瞬間、あっという間に無くなった。人数も多かったが、フィリピン人たちの勢いには、やはり日本人は面食らう…
ポテトサラダ。ちょっとピンボケ。
手前左のかぼちゃコロッケとその隣のお好み焼き
もう一人は、任地の隣の町、リバカオ。野菜栽培でいくつかのバランガイで活動しているそうで、送別会の場所は、町の中心部から外れた川沿い。
彼が用意していた日本食の材料で、野外訓練のごとく、外でいろいろ作ってみた。
私はやっぱりポテトサラダが得意なのか、作りやすいのか、ここでも作ってしまった。
暑さとジープの揺れで心身共に疲れていたけど、とりあえず最後ということで頑張ってみた…
次の日は腰痛に見舞われ、その次の日は心身の疲労で12時間以上寝てしまったが…
ガスはなく炭ですべて野外調理
彼の配属先もいろいろ用意してくれた
レチョン(豚の丸焼き)も登場!
二人の送別会を見て、自分は配属先に向けて、特にやらないと決めたことに若干の後悔の念もわいてきたけど、自分の状況を考えると企画するのが難しかったなーと改めて実感。
大勢向けにやるより、お世話になった人や日本食に興味を持ってくれた人、そして残さず食べてくれそうな人にやるのが、自分にとって心地よかったので、私はそのやり方を貫いた。
帰国前2か月前に、家族の危篤で緊急一時帰国をしており、一時活動を中断していたし、一時帰
国から任地に戻ってきてから、40日余りで、活動の仕上げと引き揚げ準備をするのが精いっぱいだった。
私の活動の最終目標はデータを作り、分析し、それを配属先と町役場に提出することだった。
下手なデータは提出できない。そういったプレッシャーもあったのかな…といまさらながら思う。
Tuesday, May 23, 2017
フィリピン人に人気のスマホ?!~OPPO~
今やフィリピンでも日本と同じくWIFI環境が当たり前となりつつある。
ノートPCを常に持ち歩くわけにもいかないので、閲覧や簡単な返信用に日本で使っていたスマホをこちらでもWIFI専用で使っていた。
液晶が壊れたりしていたがそれでもなんとか使えていたが、先週ついに液晶が全部見えなくなった。
やはり日本からもってきた電子機器はフィリピンの環境に弱い気がする。
※ノートPCのキーボードも赴任して4ヶ月ほどで一部不能になり、代替策でUSBのキーボードを使っている。
前置きが長くなってしまったが、スマホが壊れたので、ついに任地カリボのモールで購入してしまった。
日本でSIMフリーで使うこともできると思って。
でも買ったのはOPPOというブランド。
フィリピンなどのアジア諸国では有名だが、日本ではみたことがない。
調べてみたら、中国ブランドらしい。IPhoneと見た目が似ている、いや真似をした?からか。
値段も安い。
本当はASUSとはHUEWEIとかのスマホにしたかったけど、見た目とおしゃれっぽさでOPPOになった。
OPPO担当の店員さんが英語がうまくて、親切だったのもある。
ちなみに買ったのは、A37Fという機種。一番安かった。
さっそくSIMをセットして、アプリをダウンロードして使っているが、今のところ問題ない。
任地の歯科医を初受診!
任期も残りわずかになって、ついに恐るべきことが起きてしまった。
ほんの2週間前は緊急一時帰国で日本に滞在していたけど、正直歯医者に行く余裕なんてなかったし、そのときは、私の歯は大丈夫だった。
去年の一時帰国の際、通っていた歯医者で検診をして、ちょっと虫歯になっていたところを詰めなおしてもらったり、クリーニングをしてもらったりしたきり。
二本松の訓練では歯を健康に保つ大切さを教えられ、歯磨きにいそしんできた協力隊生活。
元々、虫歯になりやすい歯並びと虫歯菌を殺す唾液をもっていない私の口内環境。
それが、ついに昨日、ご飯を食べていたら、ボリッというおと共に、奥歯の金属の詰め物が取れてしまった。
取れた瞬間に大きな痛みやしみたりする感じはなかったので、そのまま食事を終えたけど。
うがいをしてみたり、冷たいものを飲んでみたりしたけど、大きく沁みたりしなかった。
JICAボランティアルールとしては、基本的に歯医者はマニラの日本人医師のいるところとというのが通説。
フィリピンの地方の歯医者では技術力や衛生面で、不安要素が大きくJICAとし手はおすすめできない。
でも帰国を1ヶ月に控え、いまさら歯科受診のためにマニラに上がる時間も惜しい私は、応急処置をここ任地カリボの歯医者で行った。
歯医者はリニューアルしたばかりできれいだったし、器具も新しい。
日本ほどではないが、フィリピンの町医者の看板から想像する歯医者の中とはだいぶ違う。
ドクターは50代くらいの女性だったが、日本人の患者が来たということでいささかテンション上がり気味に見えた。
日本の歯科医の器具を昔使っていてすごくよかったのよ、だけど今は取り扱いがないからドイツ製を使っていると話も聞いた。
セメントで金属を詰めなおしたいと話して、その通りやってもらった。
最後にお決まりの記念写真を撮って終わり。
ドクターと一緒に写真を撮るなんて、日本じゃあまり考えられないけど、ここでは何でも写真になる。(笑)
私の治療をしてくれたドクター
娘さんもドクター
Thursday, May 18, 2017
魚を使った料理♪~南蛮漬け~
フィリピン人の先生のお宅で作らせてもらう料理は、自分でいろいろ考えて試してみる。
先生も自分も好きな料理に“南蛮漬け”がある。
南蛮漬けとは、揚げた魚と炒めた野菜を甘酢のソースに漬けこむ料理。
日本だと揚げ物で手間がかかるので、作ったことがなかったけど、
日持ちするさっぱりした魚と野菜の料理ということで、フィリピンに来てから6回くらいは作った。
フィリピン人の先生も魚、それも小さい魚が好きということで私と好みが一致。外国人の友人が多い先生の家でも南蛮漬けらしきものは作られているが、日本のものに比べると、より辛くて酸味も強い。
そこでご飯にも合う、日本風“南蛮漬け”を作ってみたら、これが意外に好評!!
先生の義理の娘さんも喜んで食べてくれていた♪
ちなみにレシピはクックパッドや、和食レシピのサイトを参考にしつつ、フィリピンにある材料でアレンジ。
小さな魚の種類も日本に比べて多いフィリピン。特に任地は近くに海があるということで毎日2回朝と夕方、水揚げされた新鮮な魚が出回る恵まれた環境。
漁師の娘だという先生は魚について詳しく、下処理の方法も得意だった。
全長10センチ前後の魚たち
中華鍋で浅めの油で小麦粉またはコーンスターチを付けて揚げる
大き目の魚も切り身で揚げてみた
出来上がり
フィリピンに来てから、任地にある材料で健康的でおいしい料理を作るのが最近楽しくなってきた♪
特に魚料理は日本より新鮮に出来上がる♪
Tuesday, May 16, 2017
緊急一時帰国
4月に入り、日本から家族の容態が思わしくないとの連絡があった。
その後、危篤連絡が入り、4月後半、緊急一時帰国をした。
葬儀、片づけなどで日本に2週間ほど滞在した。
世間はGWだったが、私は毎日残った家族と掃除と後片付け。
一時帰国前は、一時は家族から任期を早めて帰国してほしいとの連絡もあり、悶々とした日々…
活動もあるし、成果物を配属先に残して帰国したいという思いもあって、日々しんどかった。
任期を短縮して、帰国して家族の面倒を見て、落ち着いたらまたフィリピンに来るということも、頭によぎったが、それでは残りの私の人生が無駄に思えてきて、慌てて消し去った。
家族が私の意見に理解を示してくれた。
配属先も、周りの人達も、近くの同期隊員もみんな、いろいろ声をかけてくれたり、気遣ってくれたりしてくれた。
感謝するしかない。。。
その後、危篤連絡が入り、4月後半、緊急一時帰国をした。
葬儀、片づけなどで日本に2週間ほど滞在した。
世間はGWだったが、私は毎日残った家族と掃除と後片付け。
一時帰国前は、一時は家族から任期を早めて帰国してほしいとの連絡もあり、悶々とした日々…
活動もあるし、成果物を配属先に残して帰国したいという思いもあって、日々しんどかった。
任期を短縮して、帰国して家族の面倒を見て、落ち着いたらまたフィリピンに来るということも、頭によぎったが、それでは残りの私の人生が無駄に思えてきて、慌てて消し去った。
家族が私の意見に理解を示してくれた。
配属先も、周りの人達も、近くの同期隊員もみんな、いろいろ声をかけてくれたり、気遣ってくれたりしてくれた。
感謝するしかない。。。
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